総領事の見聞録 第13回

スポケーン市に住んでいる「ミス徳島」

3月初め、「ミス徳島」がスポケーン市に現れました。と言っても、人間ではありません。彼女は今から90年前に米国と日本の間で友好親善の「人形大使」として交換された人形の一人です。場所はスポケーンにある武庫川女子大学分校。西宮にあるこの大学の英文科の生徒たちは、1990年にスポケーンに設立したこの分校で数か月間勉強しています。毎年3月初め、大学では7段の雛人形セットを体育館に飾り、地元の小学生を招いて日本文化を紹介するイベントを開いています。この日、市内の博物館に収蔵されている「ミス徳島」は、博物館から大学の体育館に移動して舞台の中央に立ち、集まった300人くらいの人たちの前にその可憐な姿を見せました。
 
「ミス徳島」 (Courtesy of Follger Photography)

日本でよく知られている「青い目のお人形」という唱歌があります。野口雨情作詞,本居長世作曲のこの歌は,1921年に発表されました。1923年に関東大震災が発生したとき,世界中から義援金が送られたそうですが,一番大きな額を送ってくれたのはアメリカでした。その募金を呼びかける際にアメリカ各地で歌われたのが「青い目のお人形」だったそうです。

その後,米国で1924年の「排日移民法」が制定されるなどして,日米関係が悪化します。ニューヨークで米日関係委員会事務局長の職にあり,日本に住んでいたこともあるアメリカ人宣教師のS.L.ギューリック博士はこのことに大変心を痛めていました。彼は、両国の友好を促進する方法はないかと考えていた矢先にこの歌を耳にします。かねてから日本人形に関心を寄せていた彼は、日米の草の根レベルで人形を交換して子供の時から友好の心を育むきっかけを与えるというアイデアを思いつきます。米国内で「日本のひな祭りに人形を贈ろう」と提唱すると,たちまち全米の270万人が反応し、1万2739体の人形が寄せられて日本に送られました。1927年,それぞれ手紙とパスポートと切符をもって渡航してきた人形たちは,日本全国各地の小学校に送られ,引き取られました。 
 
武庫川女子大学分校のひな祭りにて山田総領事挨拶
(Courtesy of Follger Photography)

アメリカからの人形の贈り物に応えるべく,有名な実業家の渋沢栄一氏らが日本国内でも「日本からもクリスマスにアメリカに人形を贈ろう」と働きかけます。アメリカの人形を受け取った学校の小学生たち250万人から集まった寄付金をもとに,人形職人に委託して58体の市松人形が作られて、手紙や切符,パスポートとともに全米の州に送られました。人形には、精巧に造られた“嫁入り道具”なども添えられ、一体あたりの製作費は約350円したそうです。当時の小学校の先生の平均月給が60円以下だったことを考えると、今の金額に直せば一体が250万円以上もする高級な人形でした。人形は,米国各州の博物館等に収められて展示されました。

その後、日米関係は悪化の一途をたどり、両国は戦争に突入します。日本では、「青い目の人形」が敵の顔をした人形として憎悪の対象となり,その殆どが無残な形で失われました。しかし,1970年代に入り、心ある人たちによって戦争中も隠し守られていた人形が残されていることが判明しました。現在,252体の人形が確認されています。一方、日本から米国に渡った市松人形は戦争中も比較的よく保存され、現在も44体が残っています。「ミス徳島」もその一人です。
 
武庫川女子大学分校では7段の雛人形セット
(Courtesy of Follger Photography)

この人形交換の伝統を受け継いで、武庫川女子大学から地元スポケーンの小学校に対して人形が贈られました。学生たちは日米人形交流の歴史や1000年の伝統を持つ雛祭りについて説明しました。学生たちが出した人形交流についてのクイズに正解となるたびに,小学生からは大歓声が上がりましたが,その様子を見ていたミス徳島が嬉しそうな表情を浮かべたように見えたのは,私の思い込みでしょうか。
 

西宮とスポケーン市は姉妹都市

この日,学校で行われた昼食会には,スポケーン市長のデイビッド・コンドンさんが駆けつけてくれました。スポケーン市は西宮市と1961年に姉妹都市関係を結びました。その縁で,西宮にある武庫川女子大学がスポケーンにあった元陸軍の施設と土地の提供を受けて分校が建てられたのです。スポケーンはワシントン州第2の人口の都市で,最近は医療関連の産業や病院による進出が相次いで活性化しています。活気にあふれるコンドン市長は,施政のモットーが「よりスマートで,より健康で,より安全なスポケーン(smarter, healthier, safer Spokane)」であると述べ,町作りへの情熱とビジョンを語ってくれました。同市の数ある姉妹都市の中でも,西宮が最も活発に交流しているとのことでした。
 
武庫川女子大学分校のひな祭りにて地元スポケーンの小学生
(Courtesy of Follger Photography)