総領事の見聞録 第15回

Music of RemembranceとMemorial Day

ホロコースト。ナチスによるユダヤ人の大量虐殺は,今日までユダヤ人のみでなく人類の良心を苛ませる事件です。ユダヤの人たちはこの教訓を人類が忘れたり,風化させたりしないよう,各地にホロコースト・センターを作って啓蒙に努めています。シアトルにも立派なセンターがあり,学生や様々な仕事の人を招いて,ホロコーストについての教育を行っています。私が昨年8月にセンターを訪問した際には,多くの警察官が研修を受けていました。

Music of Remembrance. Photo Courtesy of MOR, Jared Chang, photographer
 
シアトルには,音楽を通じてホロコーストの記憶を後世に伝えようというユニークなプロジェクトもあります。Mina Millerさんが立ち上げたMusic of Remembrance(「追憶の音楽」)という企画です。ミラーさんは,ボランティアの演奏家を集めて毎年2回,定期の音楽会を開催し,ホロコーストで命を失ったユダヤ人の作曲した作品やそれをテーマにした作品を上演しています。ダーカン・シアトル市長は,今年で20周年を迎えたこの企画を讃え,毎年5月20日をミュージックオブリメンバランスの日と定めました。

特定の人種や民族,宗教等を理由とする迫害は,ホロコーストに限りません。当地のユダヤ社会は,パールハーバー後に日系米国人が強制収容された歴史を,ホロコーストと同じ人種的偏見に根ざすものと捉え,重要な歴史的教訓をそこから引き出そうとしています。今年1月27日に開かれた国際ホロコーストデイ・イベントでは,日系人の歴史に特に焦点を当てた対談が行われました。一方,ミラーさんも「追憶の音楽」20周年目の今シーズンに日系米国人の強制収容所送還を取り上げました。昨年11月の音楽会では,さらに広島・長崎の原爆で多くの市民が犠牲になったことをモチーフにした坂本龍一さんの作品を演奏したほか,永瀬清子さんの詩「降りつむ」を美智子皇后陛下による英訳とともに音楽に乗せて聴衆に届けてくれました。
Music of Remembrance – Snow Falls. Photo Courtesy of MOR, Jared Chang, photographer
 
5月20日,日系米国人の経験した強制収容を題材にして,フランス人の音楽家クリストフ・シャニャールさんが構成・作曲したオペラ「我慢(Gaman)」が,追憶の音楽の定期演奏会で初演されました。彼は,オペラを作成するために多くの文献を読み,数十人の日系米国人にインタビューして,作曲したそうです。これは,シアトルならではの芸術作品と言えるでしょう。シアトルは戦前から多くの日本人や日系米国人が住み,全米で最初に強制収容が実施され,442連隊に参加して命を落とした多くの若者を送り出した町です。ホールの座席は満席となり,立ち見の人も多く見られました。

NVC Memorial Day Service, Walter Tanimoto, Commander of NVC. Photo Courtesy of NVC Foundation member Kim Muramoto
 
5月28日はメモリアル・デー。戦没者追悼記念のための米国の休日です。日系米国人退役軍人会が恒例のメモリアル・サービスを行い,私も出席しました。いつもこの日は雨が降るということですが,今年は幸運にも晴れでした。シアトル在住の442連隊の兵士は現在,3名を残すばかりとなりました。翌日のシアトル・タイムスは,その中の一人,フランク・ニシムラさんの写真を一面に掲載して,日系軍人の式典を報じました。

NVC Memorial Day Service. Photo taken by Seattle Times Staff Photographer Alan Berner, courtesy of NVC.
 
ホロコーストと日系米国人強制収容。この2つに関連する行事のいずれも,戦争という狂気に直面した人間の弱さと無慈悲さに注意を向け,歴史の悲惨が繰り返されることに警鐘を鳴らしています。またこれらの行事では,他者を非難するのでなく,むしろ危険を顧みず大きな勇気や人間愛を示した人を讃えることで,人のあり方について大切なことを教えようとしています。オペラ「我慢」が是非日本でも上演されて,多くの日本人が考える機会を与えてくれることを望みます。