総領事の見聞録第36回

この夏の体験


昔のサントリーのテレビコマーシャルは大人の渋さの魅力を感じさせる秀逸なものが多かったので,おそらくその影響でしょう。お酒を飲むことが許されない未成年の頃からの私の夢は、アメリカの静かな西海岸の丘の上で太平洋に沈む太陽を眺めてウィスキーを飲むことでした。私にとってこの情景はなぜかオレゴン州かカリフォルニア州と結び付けられていて、シアトルで勤務してからすでに2年を経過していても、それがワシントン州にもある景色だということがなぜか思い浮かびませんでした。
 

8月後半のある日、私は反抗期真っ只中の10歳の息子を連れ立って,”男二人旅“に出かけました。オリンピック半島西岸のカラロッホ・ロッジに滞在したときのこと。どの町からも離れた長い海岸にポツンと存在するこのロッジのデッキで、夕食を取りながら沈みゆく夕日をボンヤリ見ていたら、これが何十年もの間自分が夢に見てきた情景に違いないことを突然悟りました。そこで、急いでウィスキーを注文し、この夕日の向こうには日本があるのだと思いながらチビチビ杯を傾けて、夢が実現した感慨にふけりました。

 
オリンピック山脈も遊歩道がよく整備されています。朝から山の遊歩道をひたすら歩き、ロッジに戻ってからは、何キロも続く砂浜でサンダル履きで波打ち際を飽きるまで歩きました。夜には、大都会では見ることのできない満天の星空に見とれ、天の川や様々な星座を確かめていると、時々流れ星がサッと通り過ぎてゆきます。ここは電波が弱くてインターネットも思うように接続しない辺鄙な場所で、あるものと言えば見渡す限り続く砂浜と巨大な流木、背後の森と海の波ばかり。トボトボと歩いていると、万事がのんびりしていた子ども時代、家族と一緒に岩手の海岸を歩いた記憶が蘇りました。最近は携帯電話やパソコンなど、昔なかった機械のお陰で生活は便利になりましたが、それとともに自然のリズムを体感する機会が疎遠なものとなっていました。波を追って走る息子の姿を横目に見つつ,久しぶりに時間を気にせずひたすら波音だけを聞いて歩きながら、人間にとって何が大切なのか思案するよい機会となりました。


 
もう一つの思い出は、シアトルに戻ったあと友人に誘われて、息子を連れて出かけた釣りの体験です。以前より息子から釣りに行きたいと度々せがまれていたのですが、私には本格的な釣りの経験がなく,なかなか実現に漕ぎつけられないでいました。なのでこの夏,釣りに慣れた友人が釣り舟に誘ってくれたことはまさに“渡りに船”でした。エドモンズから出たチャーター船は、ウィドビー島の南端近くまで行き、釣り人はそこでピュージェット湾に戻ってきたカラフトマスとギンザケを狙います。ピュージェット湾は深い入り江なので湖のように静かで、小舟に乗っても船酔いの心配がありません。釣り船には釣り具、救命具など必要なものが全て備え付けてあるので、何も持ってなくても窓口でお金を払えば釣りが楽しめるのです。釣りに行くのがこんなに簡単にできたとは!
 
この日は生憎なことに魚の食いつきが悪かったようで、18人いた釣り人が釣り上げたサケはたったの4匹でした。せっかく鮭が喰らいついても、網に入れる直前に鮭が暴れて針が外れてしまい、逃げられた人が何人もいました。幸いなことに、私は鮭を持ち帰ることのできた幸運な4人のうちの一人となりました。写真に写っている65センチのカラフトマスは、私が今まで釣った魚の中で一番大きな獲物です。船の上でスタッフの人に内臓と鱗を取り除いてもらった鮭は、帰宅後、喜んだ家内に三枚におろしてもらい、何食分もあるので一部は冷凍しました。アラ汁や塩焼き、ホイル焼きなどにしたところ、油分が少なくて淡白な感じですが、美味しくいただきました。おそらく,鮭が食べたいだけなら,切り身を買った方がずっと安上がりでしょう。でも、釣りの期待感と興奮は特別ですね。子供は一匹も釣れませんでしたが大変満足したようで、また行きたいと目を輝かせています。
 

 
それにしても、ワシントン州の夏の気候と自然は最高ですね。8月前半は東京の郊外で過ごしましたが、久しぶりに経験する蒸し暑さに毎日汗だくで、サバイバルゲームのようでした。シアトルの夏は、気温が高くなっても30度を超えることは珍しくて湿度も低く、日が長いので夕食後も景色を見ながら散歩を楽しめます。夏に海外旅行を考えている日本人には、思い出深い夏を経験できる場所として、ワシントン州を検討されることをお勧めします。