総領事の見聞録第29回

不当離婚の問題に取り組んでいます。その1

シアトルに赴任してまだ日も経たない2017年6月のある日、在シアトル総領事館の顧問弁護士を委嘱している井上奈緒子弁護士が来られました。事務所に関係する様々な法律問題について一通り話をしたあと、井上弁護士は「総領事に、こういう問題があるということを知っておいていただきたいのです」として、思いがけない話題を話し始めました。ここワシントン州で、国際結婚がうまくいかなくなり、夫から家庭内暴力を受け、不当な条件での離婚を余儀なくされ、子供を抱えて経済的にも精神的にも行き詰る日本人女性が非常に多いというのです。そして、今までひどい事案には無償で対応してきたが、件数が多いのでNPOを創設して組織的に対応することにしたということでした。

やがて、これは私がシアトルで最も多くの時間を費やして取り組む課題となりました。一回では書ききれませんので2回に分けてご紹介します。今回は、この問題がどのように発生するのかについて述べたいと思います。


写真提供:Johannes Munz(Wikimedia Commons

ここワシントン州で日本人が当事者である国際結婚の圧倒的多数は、米国人男性と日本人女性の間の結婚です。国際結婚して米国に移住した時、離婚のことを考える人はまずいないと思います。実際、いつまでも仲良く暮らしている国際結婚のカップルを私は沢山知っています。しかし、米国人の離婚率は約50%と言われる中で、国際離婚するカップルもまた沢山います。離婚に際して冷静に配偶者や子供の将来を思いやり、法的に定められた責任を果たして円満な合意に達する男性もいます。その一方で、米国に限らず日本を含む多くの国にあてはまりますが,家族法上の責任を無視して利己的な条件で離婚しようとする男性も多いのです。

日本人女性が米国人男性と結婚して米国に居住する多くの場合、男性が所得を稼ぎ、女性は家事と育児に専念するという分業が見られます。しかし、夫は年収数十万ドルも稼ぐのに、妻には生活費として子供分も含めて毎月500ドルくらいしか渡さない家庭もあると聞きました。学生の生活費などではなく、“家族の生活費”として渡される額です。これでどうやって生活しろというのでしょうか。ワシントン州では、結婚している期間中に得られた所得や財産権はいくつかの例外を除き、夫婦の共有財産とされています。離婚のときなどでは、基本的に50:50の割合で財産分与されるものとしています(これを指して、ワシントン州は“Community Property State”であると言います)。したがって、離婚の際には、結婚期間中に築いた貯蓄や家屋などの財産は分割されるはずですが、夫の中には不倫相手と目論む新しい生活のため、別れる妻と子供には財産や生活費を渡さずに独占しようとする者も多いのです。

家庭内暴力(DV)は、自分がもつ優勢な支配力を利己的に振るおうとする行為です。殴る蹴るなどの物理的な暴力とともに、合意の無い強制的な性行為、侮辱的強圧的な言葉で追い詰める精神的暴力、そして収入源のない相手に金を与えず行動の自由を奪う金銭的暴力なども含まれます。離婚問題が深刻になるケースでは、女性には自らの収入がなく、英語能力が不十分で、社会的に隔絶した生活をし、米国の司法手続きや自分の権利について知らないことが殆どのようです。
 

正義の女神
写真提供:Continentaleurope(Wikimedia Commons

多くの場合、母親は子供と離れることを望みません。中には、このことを逆手にとって離婚条件を有利にしようとする夫がいます。ひどい例になると、別れ話などの中で妻が逆上したところを隠しビデオで撮影し、それが妻の家庭内暴力の証拠だとして子供に対する親権のはく奪をちらつかせ、脅します。時には、自分が妻を逆上させたにもかかわらず、警察に通報し、妻から暴力を受けたと訴え、妻を牢屋にいれるよう仕組む者もいるということです。そして、茫然自失した妻に対して、あらかじめ弁護士に依頼して作成しておいた離婚合意書を突き付け、署名すれば子供と一緒に生活できると説明します。その合意書の中に、妻が自らの意思により,夫の名義のあらゆる財産に対する請求権を放棄すると書かれているのです。夫から経済的な虐待を受けている妻は、お金が無いために弁護士を雇うこともできず、難しい専門用語で書かれた法律文書を理解することもできません。恐ろしさと混乱した状況の中で訳が分からないまま、妻にとって非常に不利な内容の財産放棄書に署名してしまうこともあります。すると、次の日から収入も住む家もなく、子供を抱えて行き場に困る生活が始まるのです。

おそらく、子供を連れて日本に帰国し、生活をやり直したいと思う女性も多いに違いありません。しかし、米国では例外を除き、離婚後も親が共同親権を持ちます。米国で結婚生活を続けてきて子供が米国の学校に通っていればなおさらのこと、裁判所は二人の間に生まれた米国籍の子供が米国で生活を続けるよう命じることがほとんどです。頼れる家族や友人もなく、子供を抱えてその日の必要に追われる生活に追い込まれた女性は、教会や社会福祉団体の提供する食事に頼ったり、ホームレスとなって公共のシェルターに身を寄せたりということも稀ではないのです。

その後、このような形での困窮は日本人女性に限ったことではなく、あらゆる国から来た女性に起きている問題であることを知りました。恥ずかしさと生活苦から鬱になる女性も多く、自ら命を絶った人もいます。また、このような女性の窮状を利用した売春業者もいるようです。その一方で男性の方は、「うまくいった」離婚の後、まるで何事もなかったかのように新たな生活を始めるのです。

井上弁護士によれば、離婚問題で問い合わせてくる日本人女性の数は、年間200人近くに上るそうです。この数字は氷山の一角でしょう。その全てが家庭内暴力を受けるような深刻な例だとは言えないでしょうが、驚く程多くの女性が離婚問題で苦しんでいることを示しています。全ての国籍の女性を含めると、不当な離婚で苦しむ女性は恐ろしいほど大きな数に上ると見られます。
 

夕暮れ時のシアトルの街並み
写真提供:CacophonyWikimedia Commons

このようにして、平和で繁栄している大シアトル圏の中で、殆ど公的機関の注目を受けることのない大きな不公正と悲劇が進行していることを知りました。総領事館の最も重要な仕事は、管轄地域にいる日本人の安全と権利を守ることです。何かする必要があります。しかし、この社会問題の発生の構造が大体わかっても、離婚は各個人のプライベートな出来事です。私や総領事館としてそもそも何かできることがあるのでしょうか。それについては、次回で触れたいと思います。