山田総領事(2017.6~2020.7)の見聞禄

2019/7/9

日本食普及の親善大使


日本食普及の親善大使の任命状を授与されたシローさん

シアトルの位置する米国太平洋沿岸北西地区は、魚介類の豊富な地域です。シアトルはまた、130年前頃から日本人移民が移り住んだことで、古くから日本食レストランが誕生した街でもありました。1904年設立の「まねき」は、北米に現存する日本食レストランの中で最も古いものです。近年は、全世界的な日本食の人気の高まりを受けて、シアトルでも日本食を出すレストランを沢山見かけますが、シアトルでこのような広い日本食ブームが生まれる最大の功労者の一人が、「すしかしば」の加柴司郎シェフ(以下「シローさん」)です。

シローさんが銀座にあった寿司屋で小野二郎氏から指導を受けながら寿司の修行を始めてから、今年で60年。海外勤務に興味のあったシローさんは1966年に渡米してシアトルに移り、「まねき」レストランでも働きました。「日光」、「しろう寿司」などのお店を繁盛させて日本食を広めたあと、パイクプレースマーケットのすぐ隣にある「すしかしば」を開きました。これにより、「海の見えるところで寿司を握る」というシローさんのかねてからの夢が実現することになったということです。読者の皆様が御存じのように、お店はいつも予約で一杯です。
 

左から:加柴夫妻と末次夫妻

5月20日に、シローさんの「日本食普及の親善大使」任命をお祝いするレセプションが公邸で行われました。2019年にこの資格を与えられた海外で活躍するシェフは10人で,アメリカではシローさんを含む2人だけです。アメリカ全国にある日本食レストランの数を考えると、この賞を受賞することがいかに希少価値であるかが理解できます。シアトルではシローさんが2016年に受賞された末次毅行さんについで2人目です。お二人とも多くの後進シェフを育てられました。シアトルに住む我々がいかに幸運であるかがわかります。

レセプションでは、日本食レストランを経営している日本人オーナーシェフ約20名の方々も駆けつけてくれました。当地で長年レストランの経営をされてきた高橋進さんのお話では、この50年間でこのような集まりは今回が初めてだったということです。実は、このレセプションの機会に大シアトル圏の日本食シェフに集まっていただくというアイデアは、ベルビュー・チルドレンズ・アカデミーの清水楡華校長先生のご示唆によるものです。レセプション当日の様子は、ジャングルシティや北米報知の記事に詳しいので、そちらをご覧ください。

https://www.junglecity.com/news/sushi-kashiba-appointed-as-goodwill-ambassador-to-spread-japanese-food/
 
https://napost.com/shiro-kashiba-appointed-as-goodwill-ambassador-to-spread-japanese-cuisine/
 

シローさんとシェフの方々

世界各民族の食は、文化そのものです。食材、調理方法、食べ方、食器などは、各民族の中で長年にわたって形成された宗教的価値観や地元の食材の活用方法を反映しています。庶民の食事は冷蔵庫のなかった昔からの合理的な食材の活用方法を、また豪華なフルコースの料理はそこに強い支配権を確立した王朝が存在したことを表しています。

日本食を提供するレストランが急速に増える中で、シローさんや末次さんは、日本食の心を伝えることの大切さを強調しています。お二人とお話ししていて共通点だと感じるのは、食に対する誠実さ、努力、そして謙虚さです。

四季ごとに異なる食材に恵まれた日本の風土で育った日本食は、それぞれの土地で採れる旬の味覚を大切にしてきました。ここシアトルでは日本と同じ食材も市場にたくさん並んでいますが、シローさんのお店では、貝のグイダックや魚のスメルトなどのように、この地の特産食材を利用したお寿司が出てきます。

「土地のもの、旬のもの。」シアトルに来る前に住んでいたベルギーでは、長い冬を堪えて迎えた春の到来を喜びつつ、4月にえんどう豆、5月にアスパラガス、6月に酢漬けニシンなどを食べます。新婚旅行で訪れたクロアチアでは、ふと立ち寄った小さな町のガイドブックにも載っていないレストランで食べたスカンピのグリルや魚のスープの味が忘れられず、ケニア駐在中には再びクロアチアを家族の休暇先に選んで,同じ店に食べに行ったこともありました。

人は誰でも食に関する思い出を持っています。ですから、お客さんを招いた公邸の会食の席でも,食事の思い出話がよく話題になります。1986年には英国の軍隊学校でロシア語の研修を終えて、お世話になった元海軍士官をロンドンの日本食レストランにお招きしたら、彼は寿司や刺身を殆ど食べられず、私は驚くとともに残念な思いをしました。1990年には,ウラジオストクで開かれた国際会議に参加した際、待ち時間にフランス人外交官と寿司について話をしていたところ、後から話に加わった英国人外交官が生魚をスライスして食べると聞いて信じられないという顔つきをしました。フランス人がイギリス人に「あんな美味いものをあなたはまだ食べたことがないのか?」と言って,私の方に向けた視線を今でもよく覚えています。なお、私が1990年にモスクワで勤務していた時には日本食レストランは1軒だけでしたが、2005年にモスクワに出張した時に約400軒の日本食レストランがあると聞いて、隔世の感を覚えました。

初めて会うイタリア人と話をするときは、ややこしい内容を議論するためのアポであっても,大抵、食事の話題からスタートします。イタリア人の外交官となら、少なくとも20分間はお互いの食文化を賛美するエールの交換となります。ある時など、日本食は大好きだが豆腐だけは好きになれないと言っていた人が、東京に出張した際に入った豆腐専門レストランにすっかり魅了され、興奮してそのすばらしさを語ってくれたこともありました。

日本食が世界中に広く普及しているということは、外交をするうえで助けになります。公邸の益子シェフはフレンチ専門ですが、日本の食文化の紹介のため、会食の際には松花堂弁当箱に入れた日本食をオードブルとしてお出ししています。

大シアトル圏に20数軒ある本格的な日本食レストランでは、それぞれ工夫して特徴的な品を出しています。シアトルは「海の幸が豊かで、美味しい日本食の食べ歩きができるアメリカの町」として観光の魅力を宣伝できる町なのです。私にとってのクロアチアのレストランのように、シアトルに来たアメリカ人が日本食レストランに立ち寄り,それが忘れがたい思い出になってまた戻ってくる、という経験のできるお店が拡がって欲しいですね。
 

レセプションで提供された寿司