総領事の見聞録第34回

生花インターナショナル・シアトル支部設立60周年


生花インターナショナルのシアトル支部が今年,創立60周年を迎えました。6月1日に記念行事がベルビューのホテルで開催され、メンバーの方々による生け花の展示の他、日本からお越しになった草月流師範、福島光加さんによるデモンストレーションが行われました。私も御招待にあずかり、美しい花の芸術を楽しませて頂きました。

写真は,会場に展示されたメンバーの方々の作品の一部です。日本の伝統に沿って花の美しさを引き出すだけでなく,アメリカ的な着想や思想性をも感じさせられます。
 

生花インターナショナルは,1956年に東京で設立されました。設立者は,1951年から52年にかけて東京に駐在したフランク・アレン米陸軍少将夫人のエレン・ゴードン・アレンさんです。まだ戦争の傷跡が町の随所に見られる時代で,日本に駐留する米国軍も,1951年のサンフランシスコ講和条約締結により「占領軍」から「駐留軍」に地位が変更されたばかりでした。日本の生花を愛した彼女は,花を愛する気持ちは万国共通であることから,「花を通じての友好」をモットーに,様々な流派を包む生花愛好者の連合体を立ち上げました。現在,生花インターナショナルは,世界50カ国以上に160以上の支部を持ち,約8000人のメンバーを擁しているということです。
 
左の写真:日本庭園の建設(1960年)
右の写真:日本庭園開園における着物を来た女性たち(1960年)
写真提供:シアトル日本庭園

シアトル支部が設立された1959年の前後は,いろいろな意味でワシントン州での日米友好が進んだ時期でした。1957年にはシアトル市と神戸市がワシントン州で初めてとなる日米の姉妹都市になり,59年にはタコマ市と北九州市が続きました。当時,シアトルでは造園家の井下清と飯田十基を設計者として,日本庭園の建設計画が進められていました。ご結婚の翌年の60年に当地を訪問された明仁皇太子殿下および美智子妃殿下(当時)は,完成後間もない日本庭園に桜を植樹されました。なお,その40年後,この桜からの接ぎ木で4本の若枝が作られ,そのうちの一本が公邸の庭に育っています。

生花が西洋のフラワーアレンジメントと異なる最大の点は,非対称のアレンジメントの中に調和の美を求めることにあるとされています。西洋では,花が前後左右から見てほぼ対称に見えるように花瓶に挿していくことが多いようですが,生花の場合,様々な角度から見ると作品が別々の姿をしており,そのそれぞれに味わい深い美しさがあることが特徴です。
 

福島師範が多くの人の前で次々と作品を制作していく様子にため息が漏れました。草月流のデモンストレーションでは,花を生ける人が花瓶の後ろから活けるのが特徴です。観客は前から見ているのに,活ける人は常に花瓶の後ろから活けるのです。まるで,ヘアスタイリストが正面の壁の鏡を見ないで,客の後ろから髪の毛を切るようですね。花(鼻)を切り落とさないように細心の注意が必要です。最後の大型の作品が完成したと思ったら,福島師範は私と息子に一輪ずつ花を渡され,その作品を仕上げて欲しいと言われました。おかしなところに挿すと,画竜点睛を欠いてしまいます。息子は悩む様子もなく直ぐに挿しましたが,私は緊張の末,そっと場所を選んで指しました。生花の専門家の方からどのような評価をいただいたのか,敢えて伺っていません。
 

福島師範

花を愛する人たちが自分の作品を持ち集って一緒に楽しむ。一本の桜の若木を植えて次の世代に花をもたらす。このような小さな行為の積み重ねがあって,言葉も通じない人たちの間でも国境を越えた友好と信頼が生まれ,平和になり,文化が生まれていきます。誕生日,母の日,病人のお見舞い,お墓参りなど,大切な機会には花が心を伝えてくれますよね。
「人はいさ 心も知らず 古里は 花ぞ昔の 香ににほひける」(紀貫之)