山田総領事(2017.6~2020.7)の見聞禄

令和元年11月23日

人工知能の町シアトル


10月前半,最先端技術について関係者が集まるFuture in Reviewという会合に出席するため,サンディエゴに行きました。今年20回目を数えるこの会合は,かつて英エコノミスト誌が「世界で最高のテクノロジー会議」と紹介したことがあるそうです。約190名の学者,AI技術会社,ジャーナリスト等が集まり、3日間に亘って朝から夕食後まで活発な議論とネットワーキングが行われました。話し合われたテーマはコンピューターの将来,自動運転自動車の開発状況,ビッグデータの医療への具体的応用などの今ホットな話題と,情報革命の裏に潜む危険性でした。
 

Qualcomm Institute San Diego Supercomputer Centerで紹介された木星の地表
 

Future in Reviewのセッション
 
ここ在シアトル総領事館では,AI分野のコンサル会社であるイノベーション・ファインダーズ・キャピタル(IFC)と協力して,大シアトル圏にあるAI分野の新興企業を日本企業につなげるイベントを3ヶ月に一度開催してきました。IFC社長の江藤哲郎さんは,ワシントン州商務局やベンチャー支援に強い法律事務所と協力して,有望な技術を開発した大シアトル地域のベンチャー企業を8~10社くらい集め,約10~15社の日本企業とつなげるイベントを実施しています。このイベントのうち、総領事公邸では各社が入れ替わり新しい技術について10分間で紹介したあと,ネットワーキング・レセプションが行われます。翌日以降は日米の企業が対面で深い商談を行い、今までに数多くの成約が生まれています。10月16日に行ったイベントは第14回目で,約70名が参加しました。総領事館にとっては、大シアトル地域のイノベーションと起業活動の旺盛さ、ワシントン州政府がベンチャー企業に対して行っている効果的な支援の方法など、様々なことを学ぶ良い機会となっています。
 

AIピッチ・イベントでの江藤哲郎IFC社長 
 
大シアトル圏は、クラウドコンピューティングの中心地、人工知能開発の中心地として大きな注目を集めています。去る9月には、シアトルにあるポールアレンAI研究所が開発したAIプログラムが、全米の高校3年生の科学の卒業試験に挑んで高得点で合格したことが全米の話題となりました。大シアトル圏にはマイクロソフトとアマゾンという2つの最先端企業があり、それぞれAZURE、AWSというクラウドコンピューティングのプラットフォームを提供することで、小さな企業でもイノベーションや起業がやりやすくなっています。この両企業と全米第二位の研究開発予算を有するワシントン大学が人材の3大宝庫となり、技術開発を引っ張る一方、新たな技術を開発した人たちがスピンオフして新たな会社を立ち上げています。また、シリコンバレーに本社を置くグーグル、フェイスブックの両社は、既にシアトルにそれぞれ約5000人の人材を集めるなどしてクラウドコンピューティングの研究開発の重点をシアトルに置いているそうです。最近では,マイクロソフトとフレッド・ハチンソン癌研究所が共同で開始した「カスカディア・データ発見イニシアチブ」プロジェクトに見られるように,特に医療健康分野でAIやビッグデータの応用が盛んです。大シアトル圏は、最先端企業の層の厚みやベンチャーキャピタルの充実さなどの面でシリコンバレーに及びませんが、企業間のエンジニアの転職の活発さ、企業の壁を越えた人材の研究交流などの面でユニークな強さを持っていると言われ、力強い発展を続けています。
 

写真提供:AI2 Allen Institute for AI 報道資料
​(https://allenai.org/press-resources/press-resources-all.html)
 
現在,ビッグデータ、AI、インターネットによる文明の大変革が起こっています。2000年のフォーチュン誌の上位500社の企業のうち、今も残っている企業は半分以下だそうです。急速に進歩する科学技術に乗り遅れた企業は倒産するか買収されるかして消滅していきました。デジタル革命の環境変化に適応できた企業だけが生き残り、栄えていくことができます。

AIのような先進技術は,利便性も、悪用された場合の危険も巨大です。商業目的でのプライバシーの侵害のほか、情報や知的財産の窃取などのサイバー犯罪は日常茶飯事となりました。最近では更に進んで,ハッキングにより電力供給などの社会インフラが攪乱される危険性,インターネットを通じての映像やデータの真正性の侵害,データのバイアス放置による社会的公正の阻害、ディープフェイクによる民主主義的選挙プロセスへの介入などが問題になっています。さらに,顔認証技術の普遍化と監視社会の強化により少数の人間が多数の人間を絶対的に支配する全体主義社会が出現することが可能になるという懸念がもたれています。

AIの発展が人間の幸福に結びつくには技術の濫用に対する倫理的な歯止めをかけることが必要で,そのためには政治的自由の確保と情報の独占的操作を防止する民主的統制が必要不可欠です。現在,日本、米国、ヨーロッパのような基本的価値を共有する国々が協力してデジタル社会の行動規範を作る動きがあるほか,テクノロジー先端企業が業界主導で国連等で国際規範を作ろうとする動きもあります。いずれにせよ,テクノロジーが悪用されることを防止するルール作りは緊急の課題となっています。
 

シアトルのスカイライン(写真提供:領事館職員)