総領事の見聞録第40回

柔よく剛を制す

2020年夏、東京でオリンピック・パラリンピックが開かれます。日本国内では,「お家芸」である柔道に大きな期待が寄せられています。私の目から見て柔道のいいところは、防御のための武道であること、礼を重んじ相手に敬意を払うこと、そして体の小さな人が大きな人の力を利用して勝つ醍醐味です。

投げ技
画像:Wikimedia Commons
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最後の点は、昔から「柔よく剛を制す」という言葉で柔道の神髄のように言われてきました。ごっつい男たちが腕を競い合っていた昔の伝説的な柔道家には、多くのエピソードがあります。例えば、「柔道の父」嘉納治五郎の弟子で講道館四天王の一人と称された山下義韶(よしつぐ)。彼はやがて史上初めて十段位を授与された人物です。1903年,当時6段だった山下は嘉納に派遣されて渡米し,夫人とともにシアトルで演武したあと,ワシントンDCに行きました。当時のアメリカ大統領は、米国の歴代大統領の中でもおそらく最もダイナミックな人物と評される、かのセオドア・ルーズヴェルトです。山下は、ルーズヴェルト大統領の前で、巨漢のレスラーと試合をすることになりました。山下は身長162cm(5フィート4インチ)で体重68kg(150ポンド)。一方のレスラーは身長200cm(6フィート7インチ)で体重が160kg(352ポンド)でした。山本はレスラーを組み伏せて,勝負あり。この試合を見て感心したルーズヴェルト大統領は、自らも山下を師として毎週3回ずつ練習に励み、アメリカ人で初めて茶帯(1~3級の認定を受けた人)を獲得しました。山下は,海軍士官学校やハーバード大学で柔道を教えましたが,筆子夫人もアメリカの社交界の淑女たちに柔道を教えたということです。

山下義韶
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セオドア・ルーズヴェルト
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私の好きなもう一つのエピソードは、合気道の創始者である植芝盛平のものです。植芝はもと柔道家でしたが、やがて体の使い方を最大限に合理化させることで体格の劣る人が大きな人をいとも簡単に組み伏せてしまう合気道を生み出しました。ある時,植芝が列車に乗っていたら、前に有名な柔道家が座るという偶然に出会いました。何しろ腕自慢のツワモノが我が物顔で街を闊歩する1930年代のこと。植芝は柔道家に小指を見せて,「折ってみろ」と言いました。柔道家は、最初は身長が156cm(5フィート1インチ)で50歳を過ぎた植芝を相手にしませんでしたが、植芝が同じことを繰り返すので鬱陶しく思い、黙らせてしまえと小指を強く握ったその瞬間、逆に床に組み伏せられていたということです。その柔道家は植芝に弟子入りして10年間合気道を学んだといいます。植芝の合気道を見た嘉納治五郎は、「これこそが私の理想とする柔道だ」と感想を漏らしたそうです。

植芝盛平
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現在、柔道はボクシングなどと同じく細かく体重別に階級が分かれているので、柔道の国際試合で体の小さい人がはるかに大きな人を投げ飛ばすような痛快なシーンは見られません。ですが、大男すらも負かしてしまう技を身につけられることが,世界中で柔道の人気が高い最大の理由だと思います。柔道が女性の間で人気が高いのも、精神修養を重視することとともに,効果的な護身術であることと関係があるでしょう。
 
12月13日、総領事公邸でシアトルにある2つの日系アメリカ人の柔道道場に対して外務大臣表彰が行われました。1903年に河野威太郎二段により創設されたシアトル道場は、創立116年。北米で最も古い道場です。日米開戦によりアメリカ西海岸の日系人が強制収容所に送られると、道場も活動できなくなりましたが、戦後の1947年に活動を再開し、シアトル一帯の柔道再興の拠点になりました。もう一つの武道館道場は1968年創設で、一昨年50周年を迎えました。

(左から)中村美里さん、 アラン・ヤマダさん、パッツィ・ヤマダさん、ミツコ・テラダさん、アルビン・テラダさん、山田総領事
このイベントには、アメリカ柔道連盟の幹部をはじめ、柔道を習っている子供たちも含めて100名を超える人が集まりました。この秋に3か月間ワシントン州に滞在して両道場に通った中村美里さんも参加してくれました。中村さんは、女子52キロ級で3度の世界選手権金メダリスト、そして北京とリオの2つのオリンピックで銅メダルを獲得した第一人者です。今後、自分の道場を開いて柔道を教育することが夢だと語っていました。
 
日系アメリカ人が日米親善に果たしてくれた役割には心から感謝を申し上げたいと思います。彼らが柔道を含む日本の伝統文化を実践してきたことが、現在のアメリカ社会の日本への理解と関心の根源にあるからです。2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、両道場出身の選手の御健闘をお祈りします。