山田総領事(2017.6~2020.7)の見聞禄
令和2年8月4日

皆さん、ありがとうございました
愛着を持つほど別れが辛くなるのは人生の常です。7月1日,ついに外務本省から帰朝の命令が出ました。8月第1週に家族とともにシアトルを去ります。
今までに仕事で住んだ土地の全てで離任時には名残惜しさを感じたものですが,今回は格別です。担当したワシントン州やモンタナ州でお会いした多くの方々の面倒見の良さ,道徳心,独立心,寛容さ,積極さといった人柄に惹かれたことと,また日系米国人の方々との出会いを通じて,改めて国際関係の複雑さと重要さについて深く学び考える機会を得たことで,特別な感慨があるのです。
今までに仕事で住んだ土地の全てで離任時には名残惜しさを感じたものですが,今回は格別です。担当したワシントン州やモンタナ州でお会いした多くの方々の面倒見の良さ,道徳心,独立心,寛容さ,積極さといった人柄に惹かれたことと,また日系米国人の方々との出会いを通じて,改めて国際関係の複雑さと重要さについて深く学び考える機会を得たことで,特別な感慨があるのです。

インズリー州知事(ワシントン州),井戸県知事(兵庫県)との会食
7月8日,インズリー知事の儀典長・国際部長を務めるスカイラー・ホスさんから電話を頂き,意外なことを告げられました。インズリー知事の指示で,私に「ワシントン州名誉市民」という称号をくださるというのです。耳を疑いましたが,本当のようです。総領事館というチーム全体で取り組んだ仕事の代表として受けさせていただきます,名誉であり深く感謝しますと申し上げて電話を終えると,3年間の想い出が次々に脳裏に浮かびました。
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2020年7月,国際関係部長兼儀典長を務めるスカイラー・ホス氏から「ワシントン州名誉市民」証書を受領 |
総領事として勤務したこの3年間でいくつか,特に想い出深いことを振り返ってみます。最初の強い想い出は,シアトルに来て3ヶ月も経たない2017年の9月末,日系米国人の二世退役軍人会の約70名の方々を公邸にお招きして懇親会を行ったことです。戦後70年以上も経っているのに,日系の退役軍人の方々をグループとして公邸にお呼びできたのは,戦後初めてだと聞きました。そこに至るには,複雑な経緯があったのです。

「排除命令張り紙」 (写真: Densho, Courtesy of the National Archives and Records Administration)

「行進する二世兵士」 (写真: Densho, Courtesy of the Seattle Nisei Veterans Committee and the U.S. Army)
日米開戦により,それまで人種差別を受けながらも経済的社会的地位を着実に強化しつつあった日本人移民の子孫たちの生活は,粉々になりました。日本軍のパールハーバー攻撃を発端として,米国西海岸に当時根強くあった「日本人」への偏見と敵視が一挙に噴出し,12万人もの日系人が強制収容所に送られて,荒れ地の開墾など苦労を重ねて築き上げた財産を一瞬にして失いました。若い日系米国人男性たちは,自分たちが真のアメリカ人であることを証明しようと軍役を志願します。日系人だけで編成された442連隊は,おびただしい犠牲を払いつつ武功を立てました。しかし,大戦中,米軍の他のどの部隊よりも大きな手柄を立てたにも拘わらず,二世軍人は人種的な偏見と敵意から在郷軍人会への加入を許されず,日系軍人だけで二世退役軍人会を組織したのです。戦後も,強制収容から解放された西海岸の日系米国人は,偏見との闘いと努力と困難の日々を過ごしました。ルーツを訪ねて日本に行くと,「あなた方の祖先は日本を捨てた」などと心ない言葉を浴びせられた方も随分多かったようです。これらのことがあって,総領事館とシアトルの二世退役軍人会との関係にも,長い間心理的に深い溝があったそうです。
2017年の二世退役軍人会の主要メンバーだったDale Kakuさん,Allen Nakamotoさん,Yuzo Tokitaさん,Bryan Takeuchiさんらのご協力のおかげで,2017年9月30日に,軍人会の皆様をお迎えすることができました。よく晴れた清々しい土曜日でした。Tosh Okamotoさん, Tosh Tokunagaさん, Ed Horikawaさん, Frank Nishimuraさんの4名の442連隊の戦士だった方々もお見えになり,442連帯で活躍されたシロウ・カシノ氏の未亡人であるLouise Kashino-Takisakiさんも来られました。Toshさん,Louiseさんのお二人は残念ながらその後逝去されましたが,生前にお目にかかってお話しできたことは,本当に幸運なことでした。
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2017年9月公邸にて開催されたNVCレセプション |
第二次世界大戦中に日本の敵として激戦を戦った米軍は,戦後は日本の民主化と経済復興の支援者となり,今では日本が最も信頼する同盟軍です。ワシントン州には日本と極めて関係の深い米陸海軍の部隊があります。そこで,2018年3月に海軍を,4月に陸軍を公邸にお招きして懇親会をしました。それぞれの基地の司令官は,日本に駐留経験のある多くの士官・下士官・兵士を引き連れて,大型バス2台で来られ,日本人コミュニティーや日系コミュニティーの代表者たちとともに素晴らしい交流のひとときを過ごしました。軍人たちは口々に,温泉やレジャーなど日本の想い出を話してくれました。なお,普段から,レセプションでは食事が足らなくなることのないように多めに用意しています。米軍の軍人が来られたこの2回は,通常よりさらに多く用意しましたが,終了後にプレートに殆ど食事が残っていませんでした。この3年間に公邸で実施した約50回のレセプションの中で,終了後に殆ど食事が残っていなかったのは,このときと,2019年12月に2つの柔道道場に外務大臣表彰を行うためのレセプションを開催したときの計3回だけです。主催者冥利に尽きます。本当によく食べていただきました!
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2018年3月~4月,トモダチ・レセプションの開催 |
2018年の夏には,別の新しい試みにも着手しました。2016年に日本政府とワシントン政府との間で締結された包括的な協力覚書を更新する署名式が,6月28日にシアトル市内で行われました。それに際し,公邸でレセプションを行いました。実はそれまで,天皇誕生日のナショナルデーレセプション(12月)と新年会(1月)という2つの大きなレセプションは,いずれも冬に行われていました。冬にイベントを行う場合,丘の上にある公邸では常に降雪や結氷が心配ですし,良い眺めが自慢の公邸の庭を使うこともできません。夏の夜にレセプションを行う良い口実がほしいと思っていたところに,魚心あれば水心。誰かが日ワシントン協力覚書の締結日が6月末だと教えてくれたのです。6月末なら天気の良い日が多いので庭が使えます。沢山のお客様に来て頂くことができますし,日没までの長い時間,アウトドアの社交を楽しめるので,もってこいのタイミングです。スポンサーを募ったところ,宇和島屋,ワシントン州ワイン協会,JFC社(サッポロビール)が快く参加してくれました。私達はこのレセプションが好評だったことに味をしめて,2019年6月にも「日ワシントン記念日」を祝うレセプションを行いました。お客さんたちは,バーベキューを頬張り,おいしいビールとワインを飲みながら,夕暮れの海を眺めて談笑しています。日ワシントン州協力覚書は,中身とともに締結日も最高でした(今年は残念ながら,新型コロナのため開催できませんでした)。


2019年,サマー・レセプションの実施 (The Ventures’ のDon Wilsonが出席)
この3年間を通じて,外国人配偶者の離婚問題について取り組みました。ワシントン州に住む日本人永住者の中には,米国人と国際結婚された方が多くいます。しかし,中には結婚後に家庭内暴力などが発生するケースも少なからずあります。更に離婚する場合に至っては,外国人配偶者が大変な苦労を負うこともあります。様々な面で不利な立場にある外国人配偶者が,財産分与や子供の養育権・負担の分担について不当な条件を呑まされ,離婚後の生活に困窮するケースが後を絶ちません。私は,総領事館が委託している顧問弁護士であり,この問題について長年取り組まれている井上奈緒子弁護士から,この問題の深刻さを知らされました。何とかしたい想いとともに,正直なところ,最初は私に何が出来るのだろうかという不安もありました(見聞録第29回と30回をご覧ください)。
私達はまず,州,郡,市の多くの政治家とこの問題を話し合いました。すると,多くの州議員が行動を起こし,特別の予算措置をとってくれたほか,離婚手続きの公正化につながる法律改正案も審議してくれました(この審議もこの春にコロナで中断となってしまいました)。不当な離婚の犠牲者は,日本人に限らず様々な国籍に共通です。そのため,移民問題を扱っている団体や裁判官・弁護士の中にも強い関心を示す方が次々と現れ,ボランティアでの協力を申し出てくれています。このように,信念に基づいて社会のために貢献しようという高い意識を持つ人たちが多いところに,アメリカ社会の強さを感じます。

外国人配偶者の離婚問題についてインタビューを受ける私と Inoue Shatzさん (写真: King 5)
日本には米軍が常時5万人以上駐留している関係で,軍人と結婚する日本人女性も多くいます。私はこの地で数人の軍司令官と親しくなりましたが,彼らの話から,司令官たちも日頃から軍人と家族の問題に少なからぬ時間を割いていることを知りました。2018年5月末のこと。公邸にブレマートン海軍基地の司令官だったスコット・グレイ准将(現在はイタリア・ナポリの海軍基地司令官)をお招きした際に,外国人配偶者の話をしたところ,司令官は数日後に国防総省に対して問題提起をしてくれました。数週間後,同司令官は,ペンタゴンの海軍総司令部が問題の重要性を認識したので自分は行動を起こすと連絡をくれました。そして,ブレマートン基地の家庭問題責任者のカレン・ベーブさんが中心となり,米国各地の海軍基地の家族問題の責任者がワシントン州に集まって意見交換がおこなわれ,その結果,離婚の際に配偶者が享受する権利などを解説するパンフレットが作成されました。この成果は米国海軍の世界の基地・艦隊の間で共有されたということです。ここでも,ひとたび問題意識を持ったら組織を動かそうとするアメリカ人の行動力を感じました。

スコット・グレイ准将(現在はイタリア・ナポリの海軍基地司令官)御夫妻と私
さて,コロナによるロックダウンの直前に行われたイベントで,シアトル最後の大きな想い出になるのが生け花xテクノロジーです。このイベントについては,日経ビジネスプレスが取材してくれて,包括的な記事となっているのでそちらをご覧ください。https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NBO/17/microsoft0419/p19/
2018年7月に,前任地ブリュッセルで知り合った小原宏貴第5世小原流家元にこの構想をお話しして以来1年半,徐々に体制を立ち上げて準備を進めました。小原流,日本マイクロソフト,ソフトウェア開発企業の南国アールスタジオ,生け花インターナショナルシアトル支部,ジャパンフェア組織委員会,そして総領事館が主体となり,東京とシアトルの双方で準備と調整を進めて実現にこぎ着けました。ステージ上で行われる生け花パフォーマンスに,史上初めて複合現実の技術(実際にそこにある物とない物を同時に見せる技術)を取り込んで,生け花ショウの新しい形を提示したプロジェクトでした。ANAや三菱航空機などの日本企業のほか,当地の財団(ブレークモア,オキ,タテウチ),シアトル市観光局,故ポールアレン氏の文化団体であるVULCANなど,幅広い組織が協賛してくれました。幾つかの学校の高校生たちも会場のベナロヤ・ホールに来てくれました。

2020年2月「Ikebana X Technology」
イベントが行われたのは2月27日でしたが,その2日後の29日にはコロナの最初の死者がワシントン州で発生し,直ちに州の緊急事態が宣言され,大型行事が相次いで中止となりました。生け花イベントの企画がスタートしたときには,3月第1週の開催を予定していましたが,開催の約1年前,予定が1週間前倒しとなったのです。当初の予定どおりに開催していたならば,おそらく直前にキャンセルを強いられたでしょう。何とも幸運でした。
最後に,ワシントン州と日本をつなぐ最重要の人たち,日系米国人についてもう一言触れたいと思います。日系米国人の積年の努力と誠実,そして(アメリカへの)愛国心があったからこそ,今の信頼し合う日米関係があるのです。シアトルで3年間仕事をした結果,このことは私の確信となりました。当地に来てまだ間もない2017年夏,ピュアラップで開催された強制収容75周年行事に出席した私は,歴史を今に生かす活動のあり方について重要な教訓を得ました。そしてこの3年間に,二世退役軍人会,シアトル日系人会,日本文化市民会館(JCCCW),DENSHOプロジェクト,県人会,柔道場,パナマホテルなど,シアトルの多くの団体と協力しあうことを通じて,米国のコミュニティ活動の活発さ,柔軟さ,アイデアの豊かさを目にし,日米関係のあり方について常に新たな気持ちで考える機会に恵まれました。歴史との向き合い方について貴重な教訓を学んだという点では,当地のホロコーストセンターとミュージック・オブ・リメンバランスという2つのユダヤ人団体にも感謝しています。戦前のシアトルではユダヤ人居住地域と日系人居住地域が近接していたと伺っていますが,偏見と闘うこの両コミュニティーが昔も今も協力関係にあることは,とても意義深いことだと思います。

私はこの3年間,21世紀の最先端技術をリードする町シアトルに住み,日本と米国の複雑で重要な関わりについて学び,姉妹都市や大学,JETプログラムを通じた人的交流の大切さを実感しつつ,充実した3年間を過ごすことができました。皆様からいただいたご協力,ご助言,ご縁にもう一度心から感謝を申し上げます。また何年かしたら,日本を過去,現在,未来の視点から客観的に観察するうえで最適の町シアトルに来て,活力とアイデアを吸収したいと思います。それまでの間,皆さん,ご機嫌よう,さようなら。

2019年サクラコン